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2011年4月 3日 (日)

Bookレビュー2011-18 白石昌則『おかえり。5年ぶりの生協の白石さん』

大ヒットした『生協の白石さん』から5年。

当時の大学生は社会人になり、代わりに、当時の中学生が大学生になった。

5年前は、個人の質問や要望に対し、事業者が個別に回答するというのは生協という特殊な形態ならではのことだったが、この5年間で生まれたTwitterなどのソーシャルネットワークにより、個人と、企業や有名人が気軽にコミュニケーションが取れるようになった。

消費者の意見に対して、ソフトバンクの孫社長の「やりましょう」の一言で新サービスが生まれているような事例が、今後はもっと増えていくだろう。

本書は、Twitter上で白石さんのアカウントに寄せられた質問とその回答集である。

社会人からの質問も多数。

以前の本より質問も凝った内容が多いが、相変わらず白石さんのやさしさと語力は顕在である。

 

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2011.4.3 肩こりに悩むあなたに薦める最強のマッサージマシン

僕はとんでもなく肩こり持ちである。

理由はいくつか思い当たる。

まず、高校生のときに、友人に気絶させられて床に倒れ、頭をぶつけて首を痛めたことがある。この際、首にギブスを2週間つけろと言われていたのだが、3日でとってしまった。これが悪かったかもしれない。

第2に、大学生のときに、マーチングバンドでドラムを肩に担いでいた。そのころ、肩が痛いなぁ、と感じることが多かった。このころ、初めて病院に行ったところ、若いのにジイサンみたいな肩やなあ、とジイサンの先生に言われた。確か3回ほど通った記憶がある。

第3に、大学を卒業して就職した会社で、いろいろ体にダメージを負った。例えば、39度出ても働き続けたところ、ずっと咳が止まらなくなった。これは病院に行っても原因不明と言われるのであきらめている。

で、咳以外にも、肩凝りが酷くなりすぎて、痛くて夜に目が覚めるまでになったことがあり、また病院に行った。しかしここは次回から予約して来いといわれたので、もう行けなかった。次にいつ休めるかなんて分からない仕事だったのだ。

最近も何度かマッサージに行っているが、とにかく凝りすぎていて驚かれる。

そんな中、電気量販店で、素晴らしいマッサージ器を発見した。

「これだ」←ベストハウス1・2・3風にお読みください。

ハッキリ言って、高い。

しかし、効果は抜群だ。

他に5000円くらいのマッサージ器も売ってたのだが、話にならない。

売り文句にも書いてあったが、「奥まで凝っている人」向けだ。僕も、マッサージ師さんから「奥まで凝っていますねー」と言われたことがある。

で、何が違うかと言うと、普通のマッサージ器は振動を当てるだけなのだが、このマッサージ器は、肩を2つの稼動部ではさみこむのだ。

そして、モミモミしつつ、尖った部分で肩を「ゴス!」「ドス!」とかやるのである。

ハッキリ言って、痛い。

しかしながら、その効果は絶大で、刺激が肩を貫通した感じというか、これまで止まっていた何かが動き出した感じだ。

こういうときは書かないといけないのかもしれないので、一応、書いておこう。

「あくまで本人の感想です」。

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2011年4月 4日 (月)

2011.4.4 発電の種類について考える(発電 その1)

「クリーン」というのが、何を意味しているのか定かではないが、クリーンな発電をしたほうがいいという人がいる。

さて、そもそも発電とはなんだろうか?

ちなみに専門分野でもなんでもないので適当に書いているだけです。

そもそも、発電のエネルギー源について分類してみると、以下のようになるのではないか。

 

1.太陽光、風力、波力、火力、バイオマス

2.原子力

3.水力

 

「1.」は、太陽エネルギーがエネルギー源の発電である。

太陽光発電はもちろん太陽エネルギーそのものだが、風も波も、太陽エネルギーがなければ生まれない。

火力発電の燃料は化石燃料であるが、そもそもその化石が昔に生きていたのは太陽のおかげだ。バイオマスは生物を化石になる前に使ってしまおうというだけのことで、基本的には火力と同じである。

ただし、太陽光発電は太陽光だけで発電できるが、風力は空気がいるし、波力は水がいる。火力とバイオマスは燃焼させるので酸素がいる。

つまり、地球以外では風力や波力や火力やバイオマスによる発電は難しい。空気も水も酸素も、宇宙では貴重だ。

一方、太陽光発電は宇宙でも可能である。というか、宇宙なら「曇り」も「夜」もないので、ガンガン発電できる。

 

「2.」は、物質からエネルギーを取り出す方法である。

火力とバイオマスは太陽光エネルギーによって生成された炭素を酸素と結合させる単なる化学反応であるが、原子力は物質そのものからエネルギーを取り出す。

なので、このタイプの発電は宇宙でも可能だ。

ただし、宇宙空間には物質がないので、物質を補給しなければならない。

 

「3.」は、重力からエネルギーを取り出す方法である。高いところから低いところへ落とすときに発電する。

問題は、高いところから落とすばかりでは、そのうち落とすものがなくなる点である。

それで、水力発電では、水を落とした後に、また高いところに上げている。当然、落とすときに発電する電力より、上げるときに消費する電力のほうが大きい。

つまり、発電といいながらトータルとしては電気を消費しているのだが、夜には電気が余っているので、その余った電気で上げている。

だから、水力発電は電気が余っていないとダメだ。

また、当然ながら、宇宙は無重力なので、この重力を利用したタイプの発電はできない。 

 

続く。

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2011.4.4 太陽光発電で二酸化炭素は増えるでしょ、どう考えても (発電 その2)

そもそも僕は二酸化炭素に興味はないが、興味がある人もいるので書く。

 

二酸化炭素の削減対策として、太陽光発電を利用しようという人がいる。

太陽光発電では二酸化炭素は増えないというわけだが、それはウソだ。

そもそも太陽光というのは、自然の中で使われるはずのエネルギーである。

それを、ソーラーパネルで遮るわけだ。

 

ということは、遮られた地面には太陽光が届かないので、植物は育たない。

植物が育たないということは、光合成がされないから、その分、二酸化炭素が植物に吸収されないし、酸素も生成されない。

つまりその分、太陽光発電をする前よりも、二酸化炭素が増えて、酸素が減る。

また、海に浮かべたらいいという人がいるかもしれないが、海にも植物プランクトンがいるので同じだ。

 

もちろん、屋根とか壁とかアスファルトの道路とか、現在、植物が生えてないところにソーラーパネルを置くのなら、今より二酸化炭素は増えない。

とはいえ、屋根とか壁とかアスファルトの道路がなければ、そこに植物が生えてもっと二酸化炭素は減るわけで、つまり、屋根や壁やアスファルトの道路も、二酸化炭素を増やしている原因であり、そこにソーラーパネルを置いたからと言って、二酸化炭素が減るわけではない。

 

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2011年4月 5日 (火)

2011.4.5 重力で発電したらどうですか(発電 その3)

太陽エネルギーは、本来は自然で消費されるべきエネルギーである。それを発電のために消費するということは、なんらかの形で自然に影響を与えざるをえない。

つまり、太陽光発電も、風力発電も、波力発電も、火力発電も、自然への影響は大きい。

また、原子力発電は、もう日本では見通しが暗い。

 

では、水力発電のような、重力を利用した発電はどうか。

念のためにもう一回書いておくが、適当に書いているだけです。

 

まずは、水力発電で考えてみたい。

水を、高さ100mの地点から高さ0mの地点に落とすとする。その間の高さ50mの地点に、水力発電機Aがあり、その発電量を100とする。また、落ちた水を0m地点から100mまで上げるのに必要な電力を300としよう。

さて、50m地点にある発電機Aに加え、高さ30mの地点にも水力発電機Bを置くとどうなるだろうか。

まず、50mの地点にあった発電機Aの発電量はどう考えても変わらないので100だ。

そこに、さらに発電機Bの発電量が加わるから、AとBを合計した発電量は100より多くなる。

こうして、高さ100mから0mになるまでの間に何個も水力発電機を置き、その合計した発電量が300を越えれば、落ちた水をモーターで100m地点まで上げても、電力が余るので、自由に使える。

位置エネルギーの概念とエネルギー保存の法則から、これは不可能な気もするが、落とすときと上げるときのルートが違えば、可能な気がしなくもない。

つまり、落とすときは長い距離をダラダラと落として、上げるときは垂直に一気に上げるのだ。

…ダメかな。

 

次に、水以外に重力で発電できないか考えてみたい。

そもそも水力発電の良いところは、太陽光で海の水が水蒸気になり雲になり雨になって、勝手に高いところに上がってくれるところだ(このことからも、海で太陽光発電や風力発電を行うと気候に影響が出ることがわかる)。

このように、勝手に高いところに上がるものは、他にないだろうか。

…考えてみたが、無い。

 

では、逆に考えよう。

「高いところから落とす」のではなく、「低いところに落とす」のだ。

まず、地面に穴を掘る。

そこに、発電機を置く。

発電機に何かのモノを落として、そのエネルギーで発電する。

ずっと落とし続けると、そのうち、穴がモノで埋まる。

そこに、水を流し込む。

そのモノが水より軽い場合、勝手に浮き上がる。

浮き上がったモノを、取り出す。

水は、より低いところに流す。

また、穴ができる。

取り出したモノを、また落として発電する。

以下、繰り返し。

 

どうでしょう?

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2011年4月 9日 (土)

Bookレビュー2011-19 『ONE PIECE STRONG WORDS(上)』

新刊発売時の発行部数が300万冊を越え、中古やマンガ喫茶で読んでる人も含めると、なんか日本ではもう読んでない人のほうが少ないんじゃないかと思わなくもない『ONE PIECE』の名言集。

まぁ、正直、本としてちょっとどうかと思うが、内田樹氏の解説は読み応えがある。

読み応えはあるが、うーん、どうなんでしょうね。ONE PIECEの人気は、世界観が主要因だろうか。

あまりONE PIECEに詳しくないのだが、これだけ日本で受け入れられた要素としては、絵が親しみやすい、というシンプルな理由が思いつく。

あと、けっこう、絵の表現技法は斬新だなぁ、と思う。

「友達のために戦うのが最強」というのは、確かに、新しいコンセプトかもしれない。

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マンガを熱く語る 2011-1 『MIND ASSASIN』(全3巻)

日本史上、最高のマンガといったらこれしかない、と断言できる傑作。

ナチス・ドイツで開発された「記憶を破壊する能力」を持った暗殺者「マインド・アサシン」は、第二次世界大戦後、姿を消した。

主人公、奥森かずいはその子孫であり、ドイツ人の祖父を持つクォータ・ハーフの日本人として、内科医を営んでいた。

奥森医院にやってくる患者の応対をするうち、奥森は、患者が抱える悩みや苦しみを知る。ときには、その元凶たる人物を能力を使って抹殺し、ときには、患者の記憶を消すことで、その心を救っていく。

普通のヒーローモノと大きく異なるのは、奥森自身が、自分の能力を忌み嫌っている点だ。

彼は常に「命を救う医者」と「記憶を壊す暗殺者」との間で葛藤する。

また、記憶を消されることで救われた患者とは対照的に、奥森は、患者の苦しみを背負い続ける。

それなのに、奥森は常に優しい。

彼の優しさこそが、この物語の唯一の救いなのだ。

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2011年4月10日 (日)

2011.4.10 「それが浮くこと」とは、「それ以外が落ちていること」である

昨日、出勤する電車の中で、ちょっとしたアイデアを思いついた。簡単に言うと、重力と浮力を利用して無限に発電するアイデアだ。

そのアイデアが本当だとスゴイので、本当に可能かどうかを早急に確かめたかった。某受験生のようにYahoo!知恵袋に投稿してみようとも考えたが、会員登録が必要だったのでやめた。

そこで、知り合いの京都大学出身の理系の方3人に質問したところ、そのうちの2人が話をして検討してくれたらしく、結論としては、ミッション・インポッシブルだった。

まぁ、おかしいな、とは思っていたのだ。ただ、どこがおかしいのかは分からなかった。理由を聞くと納得できたが、一人では思いつかなかっただろう。

これが文系と理系の決定的な差。または私立大と国立大の決定的な差。もしくは身長の差。勝ってるのは体重くらいである(絶賛ダイエット中)。

 

で、何が間違っていたかというと、浮力というのは、結局は重力なのだ。

浮いているように見えるが、それは「別のモノがその下に落ちて入り込んでいる」から浮いているだけで、「浮く力」が独立して存在しているのではない、ということ。

見かけに騙されてはいけない。

 

これを現代社会に例えると(これが文系の仕事だ)、東日本大震災の際に「寝ろ寝ろ」と言われた某官房長官が総理大臣候補に浮上したが、それは単にそれ以外がズブズブと落ちているから浮上しているように見えたと言える。

本当のリーダーは浮いている(他の人間に浮かされている)だけではだめで、決断やコントロールする力が必要なのだが、今のところ、そういった力は垣間見えない(まぁ、それは官房長官の仕事ではないからだが)。

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2011.4.10 散髪・花見・カラオケ・ブックオフ、そして投票

たまには日記っぽいことを書いてみる。

朝は、まず散髪に行った。

「散髪」というと、「髪の毛を振り乱してどんどん抜けていっている様子」を連想されるかもしれないが、実際にはハサミで切って、落ちた髪の毛はちゃんと集められ、適正に廃棄されている。

つまり、「切髪」のほうが、状態としては近い。

 

次に、お嫁様と花見に行った。

残念ながら、桜にあまり興味がない。というか、花に全般的に興味がない。あまりに興味が無さ過ぎて、後輩から「花図鑑」なるものをプレゼントされたくらいである。

僕は学校のテストで70点以下なんてほとんどとったことがないが、小学校のときの花の名前を書くテストで30点しかとれなかった。ヒマワリとパンジーとチューリップくらいしかわからない。あとはせいぜい、アサガオとオオイヌノフグリくらいだ。ヒヤシンスはもうダメだ。カーネーションと彼岸花は、どっちがどっちかわからない。

まぁ、そんなわけで、桜の写真は、撮るのを忘れた(桜をバックに髪を切った自分の写真は撮ったが)。

 

次に、お嫁様とカラオケに行った。熱唱した。何を熱唱したかというと、大黒摩季とかである。 

 

その次に、ブックオフに行った。ここのところ、宅建のテキストと行動経済学の本を並行して読んでいて、ちょっと疲れるので、軽い本、またはマンガ、またはTVゲームを買いにいった。

ちなみにこの「軽い本」というのは最近ずっと読んでいる。具体的には、3月27日以降の『笑う英会話』『生協の白石さん』『ONE PIECE STRONG WORDS』などのことだ。

さらにちなみに、マンガで言えばここ1ヶ月以内では、『進撃の巨人』とか『おやすみプンプン』とか『東京の街に出てきました』とか『デッドマン・ワンダーランド』とかを読んだりしている。

マンガや雑誌までブログに書くと大変なので書いていない。月に10冊くらい、ブログに書いてない本や雑誌やマンガがある、と想像していただきたい。

で、今日買ったのはこれだ。

これは、人気のマンガだ。内容は良く知らないが、モテない男にモテキがやってきたとかそういう話だと思う。とりあえず1巻を購入。

※読後感想

面白い。もう完結しているので、最後まで買うことにする。

 

これは、全然知らないマンガだが、アグリッパというのは、古代ローマ時代の人物だ。塩野七生の『ローマ人の物語』でも登場する。で、中をパラパラ見たところ、やはり古代ローマを舞台にしたマンガで、かなり史実に忠実のようなので購入。たぶん、面白くないと思う。

※読後感想

こちらも予想に反して面白い。買い続けることにしよう。

  

これも良く知らないが、ドラゴンとかで敵をやっつけるっぽいゲームだ。ゲームはときおり買うが、最後までやりきることはほとんど無い。

というか、しばらくやらない日が続くと、何をやっていたのか忘れるのだ。そんな状況でゲームを再開しても、記憶喪失をした主人公みたいなものなのだが、「オレ、一体ここで何してたんだ?」と戸惑ったところで、ゲームの中では誰も答えてくれない。

毎日コンスタントに朝か夜にやり続ければ、最後までできるかもしれないが、そこまでしてやりたいわけではない。どちらかというと、頭のリフレッシュというか、アクティブなことをやりたいときにやる。

 

その後、お嫁様は靴下を買いに行くというので、僕だけ先に帰宅。

 

で、投票用紙を持って、近くの小学校に投票に行った。

誰に投票したかというと、「高齢者福祉に関わる方々の就労状況の向上」というのを政策に書いていた人だ。

個人的に、「高齢者福祉の向上」には興味がない。つまり、「老人にやさしい社会」は特に希望しない。

しかしながら、「<老人にやさしい若者>にやさしい社会」は必要だ。もうすぐ死ぬ人のことよりも、まだしばらく生きる人のことのほうが重要だからだ。

まぁ、「<老人にやさしい若者>にやさしい社会」が、「老人にやさしい社会」に結びつくことはあるだろう。

一方で、「老人にやさしい社会」(例えば、医療費の大きな補助など)は、将来的には若者の負担になりこそすれ、メリットは無い、と考えている。

 

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2011年4月14日 (木)

2011.4.12 進化と老化

mixiで、「年寄り」についてつぶやいたところ、いくつかコメントが来た。

あと、以前Twitterで、「年をとっているだけで偉いとか、若いだけで偉いとか思っているヤツがいる」みたいなツイートを見たことがある。

 

人の意見はともかくとして、僕は「人間は若いほど優れている」という思想を持っている。

僕より若い人には、もれなく敬意を払うし、絶対に敵わないと思っている。

 

一方で、僕より年上の場合は、人による。

または、人ではなく個別の事柄で判断する。

まぁ、それが普通だ。

単に若いだけで敬意を払う、というほうが異常だ。

 

なぜ若いというだけで優れているのか。

それを、「進化と老化」から説明したい。

例によって適当に書いているだけです。

あと、「若い」とか「年寄り」というのは単なる比較表現で、5歳でも3歳よりは年寄りです。

 

人はそのうち死ぬ。なぜ死ぬのか。この原因は(アクシデントを除けば)基本的に老化にある。では、なぜ老化するのか。

生物学的には、細胞分裂の回数が減るとか、細胞分裂のときにDNAのコピーが上手くいかず破損していくとか、たぶんそんな理由だ。

でも、それでは単に「老化の現象」を説明しているだけで、「なぜ、老化が生命に組み込まれているのか」は説明できない。

なぜ、老化するのか。

それは、進化するからではないか。

 

進化とは、「環境適応」のことだ。

なぜ環境に適応するかというと、適応できなければ死ぬからだ。

例えば、地球の気温が急に下がったりしたとき、人間の体毛がアザラシのように増えなかったら、死ぬ(毛布や暖房のことは忘れて下さい)。

暖かい場所に移動したら生きれるが、それも環境適応の一種である。

これがポイントだ。

たとえ老化しなくても、環境が変化し、それに対応できなければ、死ぬ。

つまり、「変化しないまま生きる」というのは、長期的な観点からはあり得ない。

 

人間は、長く生きると変化に対応できなくなる。

例えば海外で過ごすとき、若いときのほうが語学は身に付く。

年をとってから行くとなかなか身につかない。

一方、たとえ年寄りでも、完全に記憶喪失してから海外に行けば、その国の言語は身につくはずだ(知らんけどさ)。

つまり、過去を記憶していることが変化を妨げる。

過去の経験が役に立つのは、過去と同じ状況のときであって、環境が変化して過去と違う状況ならば、それが役に立つとは限らない。

 

地球の気温が冷えたときに生まれた子供は、冷えたときのことしか知らないから、その冷えた気温にあわせた適応をする。

一方で年寄りは、暖かいときのことを知っているので、そのうちまた暖かくなるのではないか、という希望を持つ。

これは正に、高度経済成長を知る世代と、デフレ経済しか知らない世代の違いと合致する。

 

他の動物と違って問題なのは、人間の場合、自ら環境を変えていることだ。

例えば、ずっとカセットテープでも別に良いはずだが、MD、MP3と、どんどん変わる。

この変化は、人間の「知的好奇心」、「できるだけ楽をしたいという欲求」、「工夫する知恵」、そして「飽きっぽさ=記憶力」が生み出しているのではないかと思う。

要は、脳の働きだ。

つまり、この変化は人間に独特な変化だ。

ツバメの巣は一向にハイテクにならないが、人間は、めまぐるしくテクノロジー=環境が変化する。

この変化は、歴史的に見て加速している。等速の変化ではなく、ずっとアクセルを踏みっぱなしの加速的な変化だ。

例えば、人間が生み出した乗物の年代と速度を並べてみてもいいし、コンピューターなどの処理能力の変遷を並べてみても良い。

 

加速する変化において、年寄りは圧倒的に不利だ。

mixiでの「僕は、僕より若い人よりも絶対的に時間が足りない」という僕のつぶやきに対して、

「若い人のほうが時間はあるが、年をとれば時間の使い方が上手くなるので、それは言い訳だ」という主旨のコメントを頂いた。

それは、「今のこの瞬間」を切り取ればその通りだ。

 

けれど、「今の50歳の人が20歳のとき」と、「今の20歳」では、どちらが時間を有効に使えるだろうか?

移動手段や情報通信手段の違いなどを一つ一つ挙げるまでもなく、明らかに「今の20歳」だ。

同様に、「今の50歳」と、「今の20歳が50歳になったとき」を比べれば、間違いなく、「今の20歳が50歳になったとき」のほうが時間を有効に使える(テクノロジーが進化しているので)。

つまり、「20歳のとき」で比べても「50歳のとき」で比べても、僕たちは「自分より若い人」に敵わない。

 

「今のこの瞬間」を切り取って、「自分は若い人にはまだまだ負けない」と思っている人は、あるいは正しい。

ただし、変化は加速していて、若い人ほど加速した変化に適応している。

つまり進化している。

若い人(=後で生まれた人間)ほど、速い。

そして、年寄り(=先に生まれた人間)はいつか絶対に追いつかれ、追い抜かれる。

それが、老化だ。

運が良ければ、追いつかれる前に死ねるかもしれない。

でも、そのとき、若い人はまだ走っているのだ。

そして、速い。

そのうち、僕が死んだその場所を、きっと踏み越えていくだろう。

 

それが、僕が若い人に敬意を表する理由である。

 

 

 

 

 

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2011年4月16日 (土)

2011.4.15 デマという他責、情報選択という自責

デマが話題になった。

それで、「デマを流すな」という人がいる。

ちょっと頭がどうかしていると思う。

 

デマとは何か。

それは、「真実とは違うこと」だ。

では、「真実とは違うこと」とは何か。

逆に言うと、「真実」とは何か。

いや、そもそも、「真実」なんてものがあるのか。

 

虹は、日本人にとっては7色だ。

しかし、他の国にとっては、そうではない。

つまり、「虹は7色だ」は真実だし、「虹は7色ではない」も真実だ。

同様に、「関西電力が節電しろと言っている」というのは、関西電力にとっては真実ではないが、「関西電力が節電しろと言っていると認識した人」にとっては真実だ。

 

そして、その人が関西電力でない以上その人から発せられる

「関西電力が節電しろと言っています」

というメッセージは、常に、

<私は、「関西電力が節電しろと言っています」 と言っています>

でしか、あり得ない。

 

しかし、これを、

<私ではなく、関西電力が、「節電しろ」 と言っています>

だと勘違いする人がいるのだ。

 

デマ情報なんかより、こちらのほうが問題だ。

情報を受ける側の能力の問題である。

単に、能力が不足しているのだ。

なのに、それを「デマを流したのが悪い」と他人のせいにしている。

 

一方で、僕のところにも4通ほどこのメールが来たので、関西電力のホームページを見ようとしたが、半日くらいは繋がらなかった。

アクセスが殺到していたためだ。

それだけ、その情報を正確に受け取った人もいた。

その情報は<メールの送り主からの情報>であって、<関西電力からの情報ではない>と知っている人がいた、ということである。

 

デマを流した人がそれをデマだと思っていない以上、それはその人にとって、デマではない。

(詐欺のように、最初から騙すつもりで、その人が真実だと思っていないことを言う場合は別だ)

そして、その人はデマだと思っていないのに、その人に対して「デマを流すな」と言っても、明らかに無意味だ。

(詐欺ははじめから騙すつもりなのだから、もっと無意味だ) 

  

「放射能は危険だ」と言っている人は正しい。

「放射能は安全だ」と言っている人も正しい。

これは矛盾しない。

なぜなら、主語は「放射能」ではなく、「人」なのだから。 

あとは、どちらの「人」を信じるかだけの問題だ。

そして、どちらを選ぶかは、自分で決めるしかない。

「デマが流れたからそれを信じた」のではなく「それを信じることを自分で選んだ」のだ。

 

 

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2011年4月17日 (日)

Bookレビュー2011-20 山中茂樹『いま考えたい 災害からの暮らし再生』

大規模な災害が起きたとき、「暮らし」には何が起こり、「再生」とは何なのか、を論じた本。

東京大震災以後の国内の災害と、それらへの対応を検証している。

また、本書では、災害が起きた場合、そこから遠く離れた場所に復興住宅を建設するよりも、被災地で、たとえバラックからでも復興を図るべきだ、という主張をしている。

これは、「復興」の中でも「コミュニティの復興」を重視しているためだ。

災害以前と以後では、年齢層のバランスをはじめ、コミュニティが崩壊してしまう。

そのため、災害を契機とした「発展的な都市開発」には否定的である。

 

とはいえ、東日本大震災の津波の被害を受けたような地域に、再度、同じようなまちづくりとコミュニティを再形成しよう、というのは、将来的な安全面からも難しい。

(本書は東日本大震災以前に書かれているので、この点は念頭に置かれていない)

「出来る限りそのままの形を取り戻す」という理想的な復興は、「既存のコミュニティが、適正な場所に適正に存在していたか」という検証なくしては実現できないだろう。

 

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2011年4月22日 (金)

2011.4.21 USTREAM番組「津田大介×常見陽平×平川克美×高柳寛樹で語る、“労働、就職、就活”と」

動いてる津田さんをはじめて見た。イメージよりも落ち着いた方だなぁ。2時間以上あるので、時間があるときゆっくり見よう。

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2011年4月24日 (日)

Bookレビュー2011-21 藻谷浩介『デフレの正体』

人口と経済の関係について論じた本。

また全編を通して、データを見る際には「率」ではなく「絶対数」に注目して見るということを呼びかけている。

とても面白いのは、これまでの日本経済や社会の動きを、人口だけで説明できてしまっているところ。

まず、高度経済成長期になったのは、戦後のベビーブームで大量に生まれた世代(=団塊世代)が20代を越え、労働者となり、生産と消費を担ったから。

その後、バブル、とくに不動産バブルがやってきたのは、団塊世代が壮年期を向えて住宅購入期に入り、住宅の需要が急激に高まったから。

バブルがはじけたのは、団塊世代が年代別人口の最大値であり、それ以降、住宅市場が縮小することを見抜けていなかったから。

就職氷河期がやってきたのは、団塊ジュニアと呼ばれる「もう一つの世代人口の山」があり、単に「働き口より、人口が多かった」から。

その後、戦後最長の好景気があったにも関わらず、好景気の感じがしなかったのは、好景気の恩恵を受けたのは主に大企業であり、それはつまり株主であり、それはつまり富裕高齢者であったため、消費に回らなかったから(日本全体としてのお金は増えたにも関わらず、消費が増えなかったことがデータで示されている)。

 

さて、本書では提言として、団塊世代の定年退職による人件費の減少分を企業利益(=株主利益=富裕高齢者利益)とするのではなく、現役労働者、特に購買意欲の強い若年層への所得増を行うべきと主張している。

それにより消費が増え、結果として企業収益も高まるという。

これはすごく当たり前のことだ。給料を減らせば、消費が減って、企業の収益は下がる。こんなことがわざわざ本に書かれるなんてどうかと思う。

ただ一方で、今の若者は、将来的に所得増が見込めない状況を想定しており、「少ない収入の中で満足すること」に順応している。「嫌消費世代」とも言われるほどである。

つまり、若者がお金を得たからといって、日本経済に貢献する(日本製品を日本で買う)かどうかは不明だ。むしろ、海外支援をしたりする若者のほうが多いかもしれない。

とはいえ、1400兆円の国民貯蓄のうち400兆円を占めている65歳以上の貯蓄に、流動性を持たせる方策は必要だろう。

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Bookレビュー2011-22 大村敦志+東大ロースクールゼミ『22歳+への支援』

東大ロースクールのゼミ生によるリサーチレポートを書籍化したもの。

「ロースクール」という非常に特殊な大学院に通う学生に対しての支援状況を、ロースクール生自らが調査する、という異色の本。

ロースクール(=法科大学院)とは、法曹(弁護士・検事・裁判官)になるための試験である「新司法試験」を受験するために修了しなければならない大学院である。

これまでのように法律ばかりを勉強した人でなく、一般企業経験者など多様な人材を法曹として輩出することも目的としており、学生の年代も様々(22歳~高齢者)で、主婦などもいる。

法曹になるには、大学卒業→ロースクール卒業(または予備試験合格)→新司法試験合格→司法修習生修了という幾重ものハードルを越えなければならない。

特に、ロースクール卒業→新司法試験合格のプロセスが問題で、ロースクール在学中には試験は受けられない。

つまり、奨学金を受けている場合、その年の試験に受かるかどうかわからない(合格率は50%未満)のに、ロースクール卒業と同時に奨学金の返済義務が生じてしまう。

もちろん、人生がかかった試験を控えているので、アルバイトに力を入れることもできない。

これら以外にも、本書ではロースクールという制度に対する問題提起が学生自身から投げかけられており、多くの制度改善が求められているように思う。

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Bookレビュー2011-23 『ONE PIECE STRONG WORDS(下)』

例によって、内田樹氏の解説を読みたくて購入。

(上)では、主に『ワンピース』の世界観について考察されていたが、(下)ではキャラクターについて考察されている。

ウソップを「語り部」としているのは非常に共感。彼は「物語る存在」として「物語」には欠かせないだろう。

ウソップは『ドラゴンボール』のクリリンであり、『幽々白書』の桑原であり、『ダイの大冒険』のポップであり、『スラムダンク』の小暮であり、『るろうに剣心』の弥彦である。(うーん、年齢がバレるな)

超人的なキャラクターが多数活躍するマンガにおいて、唯一、読者に寄り添ってくれる存在なのだ。彼らの「弱さ」なくして、読者は物語に参加できないと言っても良い。

 

一方、ルフィは、幽助でもなく、ダイでもなく、桜木花道でもなく、剣心でもない。独特な存在だ。内田氏はそれを「ゴムのような伸びやかさ」と表現している。

唯一、ルフィと共通する主人公といえば、初期の『ドラゴンボール』の悟空だろう。ドラゴンボールを集めるために世界を駆け巡る悟空と、世界の海を旅するルフィには重なる部分が多い。

悟空はその後、ピッコロ大魔王との出会いをきっかけとして、「質実剛健な戦士」となったが、ルフィは一体どうなるのか、興味深いところである。

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2011年4月27日 (水)

Bookレビュー2011-24 常見陽平『「キャリアアップ」のバカヤロー』

 

キャリア論の本ではなく、転職論、というかアンチ転職論。

特に、著者の知識・体験から語られる2章や3章は面白い。

一方、個人的には2回転職をしていて(うち1回は倒産が理由だが)、転職のたびに労働時間が減り、給与が上がり、やりがいが増えているので、転職には賛成派である。

また、仕事をしながらでも、転職活動をしてみたら、いろんな発見があると思う。転職活動をすると、「一体、自分の仕事は何なのか」を考えざるを得ない。

とはいえ、僕の転職が「キャリアアップ」かというと、全然そうは思わない。

「自分ができる仕事の価値」が上がらないと、何もアップしない。

転職は、「横幅」は広がるが、アップはしない、という印象だ。

 

キャリアとは、足跡のようなイメージである。

歩けば、足跡は増える。

迷っていても、歩けば、増える。

止まっていると、増えない。

とはいえ、足跡を増やすのが目的ではない。

足跡が役に立つとすれば、「振り返れば自分が歩いたことが確かめられる」、または他人に「あそこ、僕が歩いたんですよ」と言える、という程度だ。

では、歩く目的は何か?

歩いていれば、新しい風景が見える。

高いところに上がれば、それだけ、遠くまで見える。

つまり、「見たい」のだ、たぶん。

 

 

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Bookレビュー2011-25 『地域の力で自然エネルギー!』

「自然エネルギー礼賛本」ではなく、それぞれのエネルギーについて課題を提示しながらも、「地域」に注目して活用を模索している。

たとえば、漁業組合による波力発電、農村や集落による超小型水力発電(水車)、温泉地による地熱発電、林業者によるバイオマスなどである。

つまり、それぞれの本業を行いながら、副業としてエネルギー生産を行う、というモデルだ。

それと同時に、電力会社による一極集中型のエネルギー生産ではなく、分散型のエネルギー生産を提案している。

また、本書で強調されているのは、日本の「資源」についてである。

それは、世界平均の2倍の降水量であり、急な河川勾配であり、世界トップクラスの森林面積率であり、世界の10%を占める火山であり、世界6位の距離を誇る海岸線である。

これらを「資源」と捉え、かつ「地域性」を活かした「適材適所」のエネルギー生産を、本書は提案している。

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Bookレビュー2011-26 昭文社ムック『工場見学 京阪神』

工場見学ができる工場を紹介したガイド本。

「工場夜景の特集」から、「工場での試食・試飲」、「製作体験」など、楽しめる工場が盛りだくさん。

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2011年4月29日 (金)

2011.4.29 「中村佑介の世界展」

大手前大学アートセンターで開催された展覧会 「中村佑介の世界展」に行ってきた。

展覧会の様子は、中村佑介氏のブログに写真などがあるのでそちらへ。

 

「中村佑介ブログ 僕のアベノらいふ」

http://abenolife.exblog.jp/15366912/

 

 

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まずは、大学内を散策。

西宮は恵比寿の総本山。

ということで、恵比寿の石像を発見。

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ルパン三世の原作者、モンキーパンチが教員をしているのだ。

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アートセンターは安藤忠雄の建築。

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ここで、展覧会が行われていた。

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展覧会では、ここには書けない出来事があった。

来てよかった。

1500円分のグッズを購入して、5月15日(日)のサイン会の整理券をもらったので、また来る。

 

その後、ワッフルを食べた。

「ワッフル・ケーキのお店 R.L.」

http://www.rl-waffle.co.jp/

 

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2011年4月30日 (土)

Bookレビュー2011-27 ウィリアム・バウンドストーン『プライスレス』

タイトルの「プライスレス」とは、「人生はプライスレス」のような「価値が付けれないほど尊い」という意味ではなく、「価格には実体がない」という意味。

著者自身が新しい提言をしているのではなく、行動経済学そのものについて、わかりやすくまとめた本になっている。

行動経済学とは、「常に正しい経済行動をする人間」を否定し、「人間の経済行動は心理的な側面に大きく影響を受ける」という、ある意味では、当たり前のことを研究している分野である。

プロスペクト理論、プライミング、アンカリングといった専門用語が登場するが、それは日常生活ととても深い関わりがあるので、馴染み易いだろう。

「ハート型の小さいチョコとゴキブリの形をした大きいチョコではどちらが売れるか」、または「2000円を拾った後で200円を失うのと、1800円を拾うのでは、どちらが幸せに感じるか」、といった事例が、多数紹介されている。

つまり、商品に支払う金額や満足度は、そのときの気分次第なのだ。

もしあなたが、販売価格を決定する仕事に就いているなら、ぜひ読んでおくことをオススメする。

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