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2011年3月24日 (木)

2011.3.24 マイノリティ化する東京

読んだ方の反発は必至だが、揺るぎない所感として書く。

それは、震災以降、東京がマイノリティ化しているということだ。

マイノリティ化とは、どういうことか。

 

早ければ江戸時代、遅くとも明治時代以降、東京は常に日本の政治的・経済的・文化的な中心であり、全てが東京から発信された。

地方から生まれたものはあっても、それすら東京を通して全国に広がった。

東京がイエスと言えば日本全体がイエスと言うのが、これまでの日本だった。

つまり、人口は日本の過半数に満たなくても、そこから発せられる情報は、圧倒的なマジョリティだったのである。

 

このフローが、震災以降、明らかに崩れてきている。

 

阪神・淡路大震災や新潟中越沖地震と大きく違うのは、東京が被災したということだ。

つまり、東京自身が被災者として情報を発信している。

東京からの情報で、被災地への励ましではなく、「一緒に乗り越えよう」というメッセージが強調される理由が、ここにある。

こういったメッセージが、東京に拠点を構える「マス」メディアによって、全国に発信される。

まるで、日本全体が被災者であるかのように。

 

ところが、被災者という立場は、日本全体からすればマイノリティなのだ。

マジョリティとして発信されるからこその「マス」メディアであって、マイノリティは「マス」メディアとはなり得ない。

それゆえ、残念ながら、東京からの情報発信は、被災地でないほとんどの日本地域に対して共感を与えられていないように見受けられる。

例えば、「買占めはやめよう」と全国に呼びかけたところで、もともと、大部分の日本では買占めなど起こっていないのだ。

この違和感は、関西にいて強く感じる。

こんなことは、明治以降、一度もなかったはずだ。

 

さらに東京のマイノリティ化に追い討ちをかけているのが、ソーシャルメディアだ。

中央集権型のマスメディアとは違い、個々のつながりから形成されるソーシャルメディアは、東京のような情報発信の中心が存在しない。

それゆえ、そこでなされているコミュニケーションの「大部分」は、「大部分であるがゆえに必然的に」、マジョリティとマジョリティのコミュニケーションである。

つまり、「マス」なコミュニケーションが、ソーシャルメディアで形成されているのである。

 

この東京のマイノリティ化は、基本的にどうにかできるものではない。

とはいえ、マイノリティである自覚は必要だろう。

自粛ムードを煽り、スポーツなどのイベントを中止し、みんなで手を取り合って苦難を乗り越えることを強要するムードが、果たして日本全体で共通しているのか、ということには注意すべきかもしれない。

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