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2011年2月 6日 (日)

Bookレビュー2011-8 常見陽平『脱アコガレ!これが真実のマスコミ就活だ!!』

自身の広告代理店勤務・広報担当者・作家・ライターとしてマスコミと関わった経験と、採用コンサルタントとしての経験に基づいたマスコミ就活についての本。出版業界に重点をおいて書かれている。

特に興味深かったのが、1章と7章。

1章は、マスコミ業界全体の斜陽っぷりが生々しく書かれている。

特に、新聞発行部数が1世帯1部を割り込んだというのは、なかなかインパクトがある。

7章は、出版社に内定をもらった学生2人の体験記で、かなりの分量がこれに割かれている。

そして、この2人の文章がとても良い。内容がではなく、「文章」が良いのだ。

具体的にいえば、「自分の言葉」で「自分の考え」を「わかりやすく」書いている。

なるほど、出版社に就職できる人というのは、こういう人なのか、という参考になる。

 

以下、この本の書評ではないけれど、出版社希望の学生がこの記事を読んだときのために出版業界について書いておこう。

個人的な考えだけれど、これからの出版に必要なのは、「脱、紙」「脱、文章」だ。

これまでは、紙に文章を書いて印刷することが、もっとも早く、もっとも安く、もっとも容易に物事を伝える手段だった。

でも、すでにそういう状況ではない。

オンラインこそが、もっとも早く、もっとも安く、もっとも容易に物事を伝える手段である。

そしてオンラインでは「紙という媒体」の制限を受けない。オンライン上の媒体は「ビット」であり、ビットに変換できさえすれば、なんでも良いのだ。

そのような時代において、なんでもかんでも「紙で」「文章で」表現しよう、というのは、あまりにも現実から乖離している。

そこには、映像や音楽、またもっとアクティブな読書体験(例えば読んでいる人によってストーリーが変わる)というのも含まれるべきだろう。

それは、もはや映画やゲームと同義と言っても良い。

 

一方、「物質(紙や、紙以外)で表現されるべき書籍」とは、詰まるところ「雑貨」でしかありえない。

雑貨的な書籍とは、「本質はその内容でだけはなく、それがそのように存在していることに意味がある」というような書籍だ。

簡単な例でいえば、「象の形をした象の絵本」のようなものがあり得る。

これと同様に、「本の形をした本」というのは極めて雑貨的だ。

これが、「本はやっぱり紙だよね」と言っている人がいる理由だと、僕は考えている。

とはいえ、「象は象の形をしている」という認識は永久不滅だが、「本といえば本の形(紙がたくさん重なっている形)をしているものだ」と考える人口は今後、どんどん減っていくだろう。

また、雑貨というのは、効率や利便性からひどくかけ離れた存在である、という点に注意しなければならない(一部のプロダクトデザインを除いて)。

たとえば、象の絵本を象の形にするより、普通の立方体にしたほうが、製造コストも輸送コストも圧倒的に安い。それなのに、雑貨的であるために、わざわざ象の形にしているわけだ。

つまり、雑貨は、役に立たないわりに高い。だから、役に立つことを期待されている書籍(実用書や、ビジネス本)には全くそぐわない。

一方、小説や絵本などは、その世界観を表現するために、物質を媒体とする必然性はあるだろう。

それでも、その小説や絵本が、「紙に書かれなければならない理由」も「文章で書かれなければならない理由」もない。

つまり、出版はもっと自由であるべきで、そういう意味では可能性にあふれている、というのが僕の意見である。

 

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