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2011年2月13日 (日)

2011.2.13 「歴史」とは「事実」ではなく「取捨選択された記録」である

 

『バウドリーノ』のレビューを書いた後、他人のレビューを見て、なるほど、と思った。

(自分がレビューを書く前に他人の感想を読むことはない)

以下、引用。

とくに東方の「司祭ヨハネの国」からの手紙をでっちあげるところでは、いったい、何が嘘で何が嘘でないのか、その基準を読者である自分がゆるがせられる気持ちにさせられました。何しろ、嘘を書いているバウドリーノたちが、それを嘘でないと思っている!
書物に書かれていることは、嘘なのか?それとも書物に書かれているからこそ真実なのか?では嘘を信じる者が行って現実となったことは?うさんくさい「聖遺物」などを通して、「いったい真実とはなにか」とエーコが問いかけているようにも見えます。なにしろ、主人公バウドリーノは「大嘘つき」と呼ばれながらも、その嘘でかずかずの手柄を立てるのですから。それに、彼はいつだって、良かれと思って嘘をつくのですから。

 

この文章に、『バウドリーノ』の全てが集約されている。

 

書物に書かれていることは、嘘なのか?

それとも書物に書かれているからこそ真実なのか?

 

これは、人類が抱える永遠の問題だろう。

(タイムマシンは理論上、未来へは行けるが、過去には戻れないようだし)

 

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