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2011年1月16日 (日)

2011.1.16 「働かなければならない」という幻想

参照:1/31「働かなくて良い時代」と「ベーシックインカム」

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/131-1e1b.html

 

若年者が就職できずに親のスネをかじっていることが問題になっているが、『若年者就業の経済学』(日本経済新聞社)において、中高年の雇用保障が、若年者の就職難に影響を与えると指摘されている。

つまり、親のスネをかじることができるのは、親の雇用が保障されていて、かじるだけのスネがあるからだ、ということになる。

ということは、「なぜ、オレの息子に就職先がないんだ」という疑問の答えは、「あなたが働いているからです」となる。

結局のところ、労働者は余っていて、椅子を親世代と奪い合っているのだ。

では、考え方を変えてみてはどうか。

別に働かなくても良いではないか。

働かなくても、代わりに親が働いていたら生きていけるのだ。

(逆に子供が高給な仕事の場合は、親が仕事を辞めて子供のスネをかじっても良い)

そもそも、働いていない人がたくさんいても、労働の成果である製品・サービスはあふれている。

一体、これ以上何をしろというのか。

「コンピューターや外国人労働者が仕事を奪っている」という意見も、逆に発想してみよう。

つまり自分たちは、コンピューターや外国人労働者、そして親世代を主とした就業者をうまく利用しているのだ。

それによって、和歌や蹴鞠で遊んでばかりで食べ物は農民に作らせていた平安時代の貴族のように、本来であれば自分がやらなければならなかったこと(=仕事)をしなくても済んでいる。

もちろん、仕事をしないからと言ってYoutubeばかり見ていたら、平安貴族のように没落していくのは明白だ。

スキルの向上や、生きがいは必要だろう。

であれば、ボランティアというのも一つの選択ではないか。

親のスネをかじりながらでも、給料ももらえなくても、たとえ生活保護を受けていても、人のために何かをするというチャレンジは試行錯誤を伴うし、人脈もできる。

将来的に働くことになったときにも役立つ経験ではないか、という気がする。

(少なくとも、家で腐っているよりは)

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