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2010年12月 2日 (木)

12/2 記録的アクセス数

昨日のアクセス数が190近くで、ココログ全体でも3500位くらいだった。ちなみに最下位は50000位くらいだと思う。

ちなみに普段は20くらいです。

いや、昨日に限らず、しばらく見ない間にアクセスが伸びている。

まず、auのスマートフォン<ISO 03>について検索して、このページに来た人が多い。

確か、「使いにくい」とか書いた気がするぞ。

フォローしておくと、(←遅い)

「使いにくいから、ダメってわけでもないさ」…かな。

 

アクセス数が伸びたもう一つの要因は、Twitterからのアクセス。

常見陽平さんが、Twitterで先日の僕のブログ記事、

「11/28 今、『就活のバカヤロー』を読むからこそ見える就職活動の難点」

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/1128-5ef0.html

を紹介してくれていた。

コメントもいただいた。

●このブログ、興味深い。草稿を読み返してみますかね。

●で、最近のメディアや、ネット上での就活見直し論は、ハードとソフトが混在していて、さらに雇用が増えるかどうかは実は別の議論になっていたりするんだよなぁ。

 

実は、メールで常見さんに「こんなん書きました」と送りつけたのだ。

プロの作家から「興味深い」と言っていただけたのは嬉しい。

なんか、書く前から手ごたえがあったのである。

こんなに手ごたえのあった記事は、

「8/2 異説『桃太郎』」

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/82-aa6d.html

以来だ。

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12/2 mixiアカウントを作ったぜ

いや、なんか、同級生とかを見つけられるって聞いたのだ。

(え?何をいまさら、という神の声が聞こえた)

僕のケータイメールで検索すると、出てくるのではないかなぁ。

(良く知らない)

 

FaceBookもアカウントを作ったが、イマイチ、何をしているというわけでもない。

しかし幸い、他の人も、イマイチ、何をしているというわけでもないので、

まぁいいか、と思っている。

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2010年12月 6日 (月)

BookレビューVol60 村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」

村上龍のエッセイ集。

内容そのものズバリのタイトルである。

今の日本を非常によく表しているし、「私にはどうすればいいのかわからない」と素直に書いているところも良い。

個人的には、中高年にはさっさとご退場いただきたい。少なくとも、意思決定や権力からは身を引いてもらわなければ困る。某ガス会社の人事担当が、学生からの「ガスはいつかなくなると思うんですけど、大丈夫ですか?」という質問に、「あと30年分はあるから大丈夫です」と答えたというのが象徴的だ。人間は利己的だから、「自分に関係ある間は大丈夫だったら大丈夫」という理屈で動くのは仕方がない。であれば、「自分に関係がある間」が一定以上長い人間を選ばなければならない。

また、バブル時代の年代(現在40~50歳くらい)も、はっきり言って期待ができそうにない。この年代で飛びぬけたビジネスパーソンの出現率は明らかに低い。みんな横並びで、周りに合わせていればなんとかなった時代を過ごした年代だからだろうと思う。

30~40歳くらいのいわゆる氷河期世代は、とても優秀だと感じる。というか、優秀な人しか勝ち残っていないのだと思う。この年代に期待したいが、上が詰まっているのが問題で、やはり中高年にはご退場願わなければならない。

20~30歳くらいの年代は、物心ついてからずっと経済停滞しているので、経済成長なんて信じていない。それでもモノはあふれているから、別に経済成長の必要性も感じていない。そもそも社会や大人に期待をしていない。だから投票も行かないし、年金も払わない。一方で、自力でなんとかしようという考えは強いし、ボランティア精神も強い。しかし、親がバブル世代のアホ親が多い。また、少子化で過保護に育っている場合もある。そういった事情が、欲望のない若者を生んでいる。

 

わたしは、欲望が希薄な若者たちに対して、情けないとか嘆かわしいとか可哀相だとか、そんなことは思わない。戦後の焼け跡を出発点とする欲望など長続きするわけがないし、飢えから脱したいという欲望は素朴なものなので、実際に飢えから脱してしまうと消滅してしまう。(P17)

社会の構造が高度経済成長期のままなので、若者たちは、どう生きればいいのかという基本的なことさえ、誰からも教えられることなく成長する。英語ができればなんとかなるかもとTOEICを受け、必死で資格を取ろうとして、営業職などでは外見も大事だと聞くと日焼けサロンに通ったりする。高卒では就職がむずかしいからというだけの理由で大学に行って、結局どうしようもない大学で何をどう勉強すればいいかわからず、卒業後は非正規社員になって派遣切りに遭ったりする。(P56)

だが共通しているのは、「自分にも周囲にもほとんど何もいいことはないし、これからもいいことは起きないだろうし、そんな状況を変えることもできないし、シリアスな悩みを相談できる人もいないし、喜びや悲しみを分かち合える友人も恋人もいないし、こんな状況はきっと半永久的に続くのだろうが、それでも集団自殺をしたり通り魔になって人を傷つけたりするのは良くないことだからやめようね」みたいなムードだ(P151)

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2010年12月 8日 (水)

12/8 au IS 03 ユーザに朗報 

auで数年ぶりに発売されたマトモな機種「IS 03」が、文字入力がマトモにできないよ!とお困りのあなた。

そう、あなた。

 

「設定」

一番下の「端末情報」

「タッチパネル補正」

 

で解決します。

こんなに世の中に役に立つ記事は、このブログ初だ、きっと。

 

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12/8 2011年2月5日(土)の演奏会に賛助出演

和み交響楽団 第5回定期演奏会

    日時:2011/02/05(土)

    会場:京都コンサートホール大ホール

    曲目:チャイコフスキー 交響曲第5番

    モーツァルト 交響曲第35番「ハフナー」

    ロッシーニ 「セヴィリアの理髪師」序曲

    指揮:井村誠貴

    http://nagomiorch.web.fc2.com/

これに賛助出演することになった。

京大オケのIWSM氏から頼まれたのだ。

京都コンサートホールだ。

5年ぶりだと思う。

おかげさまで、12月、1月は殺人的スケジュールである。

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2010年12月 9日 (木)

BookレビューVol61 竹内啓「偶然とは何か-その積極的意味」

統計学・確率論を中心として、神学・数学・物理学・社会学・経済学・リスク学などを横断した本。

ちょっと話題が広すぎて、新書のページ数では厳しい感じ。

数学は高校の数ⅠAで止まっているので、苦手分野ではある。

「面が6つあり、どの面も同じような感じなので、6が出る確率は1/6だ」という、事前に予測する確率と、「600回サイコロを振ったら100回6が出たから、6が出る確率は1/6だ」という、事後に得る確率は異なったものである、というのはかなり基本だと思うけど「なるほどー」と思った。

例えば、「私がロシアンルーレットで死ぬ確率」なんてのは、事後に得ることはできない。死ぬか、死なないかの結果しかない。こういう、「何回も繰り返せない場合」や「1回当たったらおしまいの場合」は、統計的な確率を求めること自体がナンセンスなのだ。

他にも、「不運」は避けられないので責任を求めても仕方が無い、「不運」を当事者や社会で分散する仕組みが必要だ、という提言は興味深かった。

確率論だから、量子力学にも触れているかと思っていたけれど、ノータッチ。それはそれで不自然。

例えば、一億円を得ることの効用に対して、二億円を得ることの効用は必ずしも二倍にならない。追加の一億円の効用は最初の一億円の効用より小さいであろう。逆に、一億円の損失を被ったら、(普通の人ならば)破産してしまい、そこで失われる効用は一億円獲得する効用より大きいであろう。このような場合には、人は一億円獲得する確率と一億円を失う確率とがともに1/2であるような賭けをすることはないであろう。(P79)

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12/8 「当たりが出やすい宝くじ売場」は存在するか

いろんな人がいろんなところで書いていると思うけど、 

「当たりが出やすい宝くじ売場」についてである。

これは、ある。

論理的に疑いようがない。

まず偶然、ある店で、ある人に当たりが出たとする。

すると、その店で当たりが出たらしい、という噂(事実である)が流れる。

その噂によって、その店に買いに来る人が増える。

つまり、よりたくさんの宝くじがそこで売られる。

1枚の宝くじの当たる確率は一定なので、たくさん売られた宝くじ売場のほうが、当たりが出る確率が高くなる。

よって、その店は「当たりが出やすい宝くじ売場」である。

そして再び、当たりが出やすいという噂(事実である)が流れる。

以下、繰り返し。

つまり、「当たりが出やすい宝くじ売場」は存在するが、そこで買ったあなたに当たりが出やすくなるわけではない。

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2010年12月11日 (土)

12/11 「○○世代マーケット」という発想

先日、名古屋に出張に行っていた。某書店の視察だ。

で、帰ってきたあと、出張報告書の提出を求められた。

普通なら「大変勉強になりました」とか「有意義でした」とか書くのだろうけれど、「20年後も経営を維持するのならば10年以内に経営転換をする必要がある」と書いた。

もちろん、ちゃんと理由がある。

メイン顧客の年齢層が非常に高かったからだ。今の年寄りは、概して時間も金もあるから、商売相手としては最高で、おそらく、あの店は一般書店の2倍程度の客単価はあると思う。客が普通の半分でも経営は成り立つし、同じくらい客が来れば2倍儲かるのだ。

ただ当然ながら、老人はそのうち死んでしまう。20年後にはほとんどいなくなっているだろう。それから慌てても遅い。だから10年以内に転換が必要だと思った。

「いや、20年後には20年後の老人がいるじゃないか」という意見もあると思うが、それはたぶん、間違っている。

例えば、ガンダムというのがある。あれはアニメだから子どもがターゲットだけれど、じゃあ、今の子どもはガンダムが好きかというと、たぶんそんなことは全然なく、ポケモンのほうが好きだと思う。ガンダムが好きなのは、「ガンダムが好きだった人たち」であって、それは今、40歳前後だ。

つまり、その世代に必要な実用的なもの(おむつとか、塾とか)を除けば、「子ども向けという市場」「20代向け市場」などのカテゴリはほぼ幻想であって、「○○世代市場」というのが実体だと思う。

その「世代」が80歳程度の高齢になれば、マーケットは急激に縮小し、消滅するか、「古き良き文化」として細々と残るにとどまる。つまり、それまでに新しい「世代マーケット」を獲得し、消滅する市場と同規模まで育てなければならない。これは大変なことだ。

この点、ディズニーランドは常に子どもを虜にするための戦略をとっている。そうすれば、その子どもが、将来に大人になっても遊びに来るし、その大人と一緒に子どもも遊びに来るので、また子どもが虜になる、という好循環を作っている。

一方、自動車業界は「世代マーケティング」において完全にミスをしていて、若い世代から見放された。もう国内市場でのリカバリーは難しいだろう。

出版業界でいえば、遅くとも10年後には、小・中・高校生の全員にデジタルデバイスが配布され、それを使ったデジタル教育が完全スタートしているはずである。もちろん、大学はそれより早いだろう。既に、iPadを入学生全員に配布する大学が出てきている。

「紙の本・新聞の世代マーケット」が、数十年で消滅するのは目に見えていると言わざるを得ない。(コストや資源といった問題で、もっと早く消滅する可能性も高い)

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12/11 『僕たちは世界を変えることができない But,we wanna build a school in Canbodia』

ひょんなことから、この本と出会った。正確には、この本の著者の友人から紹介してもらったのだ。

ボランティアサークルで150万円を貯めてカンボジアに学校を建てた現役大学生、葉田甲太氏の著書である。2011年の秋には向井理主演で映画化もされる。

また2011年2月には、葉田氏自身が監督を務めた、カンボジアでのエイズを取り上げた映画「それでも人生にイエスと言う」の全国上映ツアーをするらしい。そのときお会いできたらいいな、と思うが、どうなるかな。

一方で、実は個人的にはこういった活動にあまり興味がない。

それぞれにそれぞれの環境があるのが普通で、それを標準化しよう、という活動が正しいのかどうか分からない。それが当たり前の環境だったのに、外部からの情報によって、自分は貧しくて惨めだ、という認識になってしまう場合もあると思う。(一時期に多かった、ワイドショーのセレブ特集だってそうだ)

ただ、こういった海外での活動に対する批判として良くあるのが、

「日本だって困っている人がたくさんいるのに、なぜその人たちは助けないのか」

というものだ。

まぁ、はっきり言って、「あんたに言われる筋合いはない」が正解である。人の金の使い方に文句を言う権利はない。(「日本の貧しい人のため」という名目で募金を集めてカンボジアに学校を建てたのなら問題だが、そうではない)

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2010年12月12日 (日)

12/12 「ISO 03」で検索したあなたへ贈るたった一つの言葉

 

 

【正しくは、「IS 03」です。】

 

以下、余談。 

ずっと、「ISO 03」と誤解してブログを書いていたら、アクセスが飛躍的に伸びたので、試しにgoogleで検索してみた。すると、なんと第1位に表示されて、「これはおかしいぞ」と気付いたのである。

ちなみに「ISO」は「国際標準化機構(International Organization for Standardization)」のことです。

すでにブログは修正したけれど、「ISO 03」で検索される方(2010年12月時点では1日30名くらいいらっしゃる)のために、このページを残しておこう。

アーメン。

※関連記事

「12/8 au IS 03 ユーザに朗報」 

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/128au-iso-03-85.html

 

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2010年12月16日 (木)

BookレビューVol62 米澤穂信「インシテミル」

法外な報酬に惑わされ、殺人を行うために作られた地下屋敷に集められた12人の7日間。 

設定は極上。

展開は普通。

結末は尻すぼみ。

こんな素晴らしい設定で、こんな小説を書くなんて、どういうことだろう。

映画は面白いのかな、藤原竜也だし。

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12/16 仕事と私事(しごと)

このタイトルで本を書けば、売れそうだ。

もしパクったら、訴えてやる!(一度言ってみたいセリフ)

 

『Gigazine』というサイトに興味を持っている。

で、ちょっと調べたところ、こういう記事が出てきた。

【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します

http://gigazine.net/news/20100802_gigazine_job/

 

個人的にはとても納得する文章なのだけれど、どうも、世間的にはとても評判が悪いらしい。

労働問題として捉えるならば、「文句は給料の3倍の利益を1人で出してから言いなさい」が答えである。もらった給料分しか働かないのであれば、その人は要らないし、給料の2倍働く人は、まぁ、いてもいいが、文句を言うのなら要らない。

時給800円のバイトなら、1時間に2400円程度の利益を出してもらわないといけないし、そのためには、1時間に1万円近い売上を生み出してもらわないといけない。そうでないと、経営は成り立たない。

…という話は、主題ではなく。

 

主題は、仕事と私事(しごと)である。

よいタイトルなので、パクらないように。(しつこい)

"essere" All right reserved. (Shi.Tsu.Co.i.)

 

上記のGigazineの記事は、給料以上は働かない社員だけでなく、プライベートを仕事のために費やさない社員への批判でもある。

そもそも、仕事とプライベートに、境界はあるのだろうか?

つまり、仕事で得たものをプライベートに活かさず、

プライベートで得たものを仕事に活かさない、という働き方があるのだろうか?

 

個人的には、仕事と私事には、全く境界線が無い。

プライベートに仕事を持ち込みたくない、という思いは全くない。

僕はこれまで3つの職場を経験したけれど、それは共通している。

プライベートでやっているオーケストラは仕事と無関係だけれど、むしろ、こちらのほうが面倒というか、やる気が出ない。

「じゃあ、なぜやっているのだろう?」と、今、考えてみたところ、「仕事をしないため」かもしれない。「まぁ、たまには、仕事と無関係なことでもやってみようか」という感じだ。

このブログも、ある意味では仕事の一環だと思っている。

今回、Gigazineを調べているのも、仕事のためだ。

もちろん、勤務時間外だし、家で調べている。

これは残業だろうか。(たぶん違う)

それとも、仕事中毒だろうか。

よくわからない。

 

一方、給料は欲しいが、給料以上は働きたくない。給料以上に働くハメになっても、できる限り働きたくない。だが、給料はできるだけたくさん欲しい。

…という人がいるらしい。

というか、多数派かもしれない。

そういう人は、プライベートと仕事を完全に分けていて、プライベートの時間を確保するためにできるだけ働きたくない、でも、プライベートで使うお金が必要だから、できるだけ給料が欲しい、という理解でよいのだろうか (疑問文です)。

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2010年12月19日 (日)

BookレビューVol63 内田樹「街場のメディア論」

『日本辺境論』を読んだのだけど、内容が濃すぎて、とてもレビューなんて書けるような代物ではなかった。この『街場のメディア論』も、どうするか悩んだのだけど、書いてみよう。

まず、メディアに対して、「誰でも言いそうなことしか言わない」ということに対する批判が書かれている。それはつまり、「誰か言うだろうから言わなくてもよい」ことでもある。つまり「言っても言わなくても良いこと」である。

例えば「報道ステーション」の古館さんのいうことは、まさに「誰でも言いそうなことしか言わない」の典型で、もはや何を言ってるか分からないレベルに達している。というか、別にいなくていいと思う。(それでも、夜のニュースで一番早い時間に放送するので見ることがあるのだ)

また、教育と医療に資本主義を持ち込むな、というロジックは、非常に的を射ている。

「最小限の負担で、最大限のサービスを受けよう」という消費者的意識が、大学生に「できるだけ講義も出ずに、レポートも提出せずに、でも単位はくれ、卒業はさせろ」という行動に移させているという。

まぁ、こういう人は将来性はない。なんせ、単位も、学歴も、何の役にも立たないのだから。何の役にも立たないものにお金を払って、何も得ていないだけなのだから、許容できる範囲かもしれない。問題は医療のほうだろう。医療には、患者の努力が不可欠だからだ。金も払って、努力もしなさい、というロジックは、消費者的意識からは生まれない。

著作権の売買についても触れている。スピルバーグがお金に困って「E.T.」の著作権をタランティーノに売却したとする。そうすると、もうスピルバーグは「E.T.2」を作ることはできない。一方、タランティーノも「E.T.2」を作ることもできない(作ることはできるが、それはスピルバーグの「E.T.」の「2」ではない)。つまり、金のために「E.T.2」という可能性は社会から失われてしまう。

例えば、「淡路島のたまねぎ」という「著作物」を自分のものにしたいとする。しかし、全ての「淡路島のたまねぎ」を根こそぎ買って、東京で育て、「淡路島のたまねぎ」として販売するという行為は、「淡路島のたまねぎ」が淡路島の土や水や気候や文化や農家(これが著者である)から生まれている、という事実を無視している。つまり、本当の意味で「淡路島のたまねぎ」の著作権を買うには、淡路島ごと買うしかない。

最後のほうでは、文化人類学の観点から、書籍を論じている。どうだろう、少し神聖視しすぎている気がする。

ああ、まとまらないなぁ。無謀だった。

終わり。

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2010年12月23日 (木)

12/23 真に注目すべき電子書籍端末はau「biblio Leaf」

※関連日記

「au biblio Leaf」

http://www.au.kddi.com/seihin/ichiran/digitallife/biblio_leaf/index.html

 

現状、電子書籍端末と呼ばれるものは2種類ある。

 

1つは、カラーディスプレイの「タブレット端末」「ノートパッド」または「スレートPC」と呼ばれるタイプのもの。

Appleの「iPad」、docomoの「GALAXY Tab」、シャープの「GALAPAGOS」などが該当する。スマートフォンもこちらに入る。ウェブブラウジングが可能で、動画、音楽の再生など多用途に適していて、各種アプリケーションによる拡張も可能。また、カラーで高解像度なので、雑誌タイプの閲覧に適している。

一方、比較的重量があり、バッテリーの連続使用可能時間も短い(最大で10時間程度)。これらは電子書籍端末としては致命的である。

さらに、通信回線はWiFiが基本になるので、通信するシーンが限られる。「iPad」や「GALAXY Tab」は3Gの携帯電話回線も使えものの、「iPad」にはそもそも通話機能がなく、「Galaxy Tab」も通話には不向きである。そのため、データ通信のために別途、電話回線の契約をする形になり、非常にコストがかかる(月額6000円ほど)。

 

2つめのタイプは、電子ペーパーを採用した白黒画面の電子書籍端末である。Amazonの「Kindle」、ソニーの「Reader」、そしてauの「biblio Leaf」などがある。

このタイプは基本的に「読書専門端末」で、バッテリーの使用可能時間が非常に長いのが特徴(10日程度は充電しなくても使える)。また、重量も比較的軽い。

しかし、「Kindle」の日本での発売は未定。Amazonにとって日本はもう眼中にないのではないかと思われる。また、ソニーの「Reader」は機能面は非常に充実しているものの、なぜか通信機能が無く、PCと接続して書籍をダウンロードする必要がある。

しかし、auの「biblio Leaf」は、3Gの携帯電話回線が利用可能で、しかも通信料は月額525円と安価である。

この525円さえ払えば(「iPad」や「GALAXY Tab」の約1/10のコストだ)、場所に関係なく、書籍の購入が可能になる、というメリットは非常に大きい。

例えば、書店に行って欲しい書籍を見つけてから、その場で「biblio Leaf」で検索し、ダウンロードする、ということが可能になる(現状では、「おもしろそうな本を探す」ことに関しては、電子書店よりも、リアル書店のほうが長けている)。

おそらく、この「biblio Leaf」が、電子書籍市場を大きく拡大することになるだろう。

 

※12/28追記 残念ながら、これは期待はずれだった。

参照:「12/28 au「biblio Leaf」に幻滅した」

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/1228aubiblio-ni.html 

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12/23 電子書籍端末の価格比較

電子書籍端末の価格について、そのうちどっかの雑誌で特集されると思うけど、訊かれたのでちゃんと調べてみた(律儀)。

 
【タブレット端末】

アップル「iPad WiFi 16GB」
端末代 48800円
通信費 WiFi実費
書誌データ提供…iBooksまたはアプリ形式

アップル「iPad WiFi+3G 16GB」
端末代 61800円
通信費3G定額プラン 月額約2500円(実際は複雑な料金体系)
書誌データ提供…iBooksまたはアプリ形式

シャープ「Galapagos 5.5型」
端末代 39800円
通信費 WiFi実費
書誌データ提供…TSUTAYA系企業

シャープ「Galapagos 10.8型」
端末代 54800円
通信費 WiFi実費
書誌データ提供…TSUTAYA系企業

 
【電子ペーパー採用端末】

Amazon「Kindle 3G+WiFi」(日本では未発売)
端末代 189米ドル
通信費 無料(3G回線利用料が無料)
書誌データ提供…Amazon

ソニー「Reader 5型」
端末代 19800円
通信不可
書誌データ提供…ソニー・au・朝日新聞系企業

ソニー「Reader 6型」
端末代 24800円
通信不可
書誌データ提供…ソニー・au・朝日新聞系企業

au「biblio Leaf(3G対応)」
端末代 15000円程度
通信費 月額525円(2年契約)
書誌データ提供…ソニー・au・朝日新聞系企業

 

注意点としては、Kindleのコンテンツは、Kindle端末を買わなくても、Kindleアプリとして、アップル製品や、Andoroid端末で利用可能なこと。

つまり、日本ではKindle端末は発売されていないものの、既にKindle提供の書籍は利用できる(但し、日本語の書籍はまだ発売されていない)。

AmazonはKindle端末の購入者だけにターゲットを絞っていない点が、他社の戦略と大きく異なる。

そのため、出版社にとってはAmazonに書誌データを提供することが最も広く読者を獲得する方法になる。一方で、Amazon社がとるリベートの高さに対する批判は根強い

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12/23 ベーグル、時計、安藤忠雄、抱き合うカップル、年賀状と魔法のツリー

「最後だけハリーポッターみたい」なタイトルである。

 

今日は、お嫁様と一緒に行動。丸1日一緒なのは、2010年で3日目だと思う。

 

最初に、昼食へ。

「サビオカフェ」

http://r.tabelog.com/hyogo/A2803/A280301/28002409/

ベーグルが絶品だった。

 

その後、阪急西宮ガーデンズにて、お嫁様に時計を買う。代わりに肩たたき券20枚という恩を売る。あと「魔法のツリー」を購入。

 

次に、梅田に移動し、紀伊国屋の梅田店で、ソニーのReaderの実機を触った。手書き機能が思っていたより性能が悪かったが、軽さと視認性は抜群。ページ移動もスムーズ。

 

そのまま、昨日オープンした「MARUZEN&ジュンク堂 梅田店」を見に行く。MARUZEN&ジュンク堂はB1~7Fまで合計2000坪の、日本最大の坪数を誇る書店として昨日オープン。とんでもない人だかりだった。

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店に入るまでに数分かかったし、レジの最後尾はB1F、という異常な状況。

建物は安藤忠雄のデザインで、内装にもかなり口うるさく言っているらしい(と、某出版業界の人から聞いた)。店内もポスターやPOPの類はなく、ただ本がたくさん並んでいるだけで、とてもつまらない書店だった。というか、人が多すぎて何が何だか良く分からなかった。

その後、お嫁さまとカラオケに行く。トイレに行って帰ってくるとき、間違って別の部屋を開けてしまい、中でカップルが抱き合っていた(幸い、服は着ていた)が、にっこり微笑んでトラブルを回避した。

その後、家に帰って年賀状を作成。

さらに、西宮ガーデンズで購入した「MAGIC TREE」を設置。

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この「魔法のツリー」は、僕のSPEC(※注)によって、モコモコと葉っぱが生成されていく予定である。たぶん、明日の朝にはけっこう生成されて、パッケージみたいになっていると思う。

 

※注 「SPEC」

人間の脳は、通常、10%だか30%だか忘れたけれど、それくらいしか使われていない。人間には、秘められた能力があり、その能力は「SPEC」と呼ばれる。例えば、注射器を天井に突き刺したり、未来を予知したり、記憶を操作したり、定年間際になっても「みやび」という名前の女性をことごとく虜にしたり、歯を弾丸のように飛ばしたりするSPECが確認されている。詳細はTBS金曜ドラマ「SPEC」のホームページを参照のこと。

 

 

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2010年12月24日 (金)

12/24 魔法のツリー

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BGM 「時の流れに身をまかせ」

 

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2010年12月26日 (日)

BookレビューVol64 山崎恵人「GIGAZINE 未来への暴言」

英Guardian紙で「世界で最も影響力のある50のブログ」や、TIME紙で「世界のブログトップ25」に選ばれたニュースサイト「GIGAZINE」の代表、山崎恵人氏が、僕の2コ上であると知り、興味を持っている。

本書は、その山崎氏による著書。インターネットが引き起こす社会変動について、文化、ビジネス、教育、法律などの多様な観点から触れている。

前半は、比較的、一般に認知されている事柄についてで、問題は後半である。

「超左翼的理想論」とでもいうのか、つまり「革命論」である。しかも、その革命のために、特別に何かをしなければならないわけではない。今の社会の主流の年齢層が減り、インターネット世代が増えてゆけば、どこかのタイミングで自然に起こるのである。

もちろん、その際には、世代間の激突は避けられない。

その激突の元になるのが、インターネット的価値観である。

特に法律の問題の指摘は非常に的確で、インターネット社会において各国が別々の価値観で法律を作ることは無意味だし、今の著作権もほとんど機能しなくなっている。

また、FaceBookやTwitterといったコミュニティを国家として捉える、というのは目からウロコが落ちた感じ。FaceBookは5億人もユーザーがいるわけで、今の収益モデルではなく、若干の使用料(つまり税金みたいなもの)をとって運営する、という方法だってある。

そういったモデルを形成するためには、本書で提言されている「超小額決済システム」は確かに不可欠だろう。Youtubeダウンロード1回5円とか、ブログの「イイネ!」ボタンを押すと3円とかである。これまでは、「お金をとる手間やコストのほうが大きかったから無料にしていたこと」があって、これまで「動画の総ダウンロード回数」や「イイネ!のクリック回数」は、譲与経済、評判経済といった概念で語られていたが、「超小額決済システム」がそれらを貨幣経済とリンクさせることになる。

そういう意味では、クリス・アンダーソンの『フリー』で論じられた「無料と有料には絶対的な壁がある」という理論が、「5円や10円の超小額のワンクリックコスト」でも適用されるのかどうかが気になるところ。

 

 

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2010年12月27日 (月)

12/27 「できるまでやれば、必ずできる」は何が問題か

参照記事:7/17 できるまでやれば、必ずできる

http://essere.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/717-b2e3.html

 

先日、上記の記事にコメントがついたので、久しぶりに読み返した。

前向きと見せかけた名言に対して「バカげた理論」と斬って捨てたのだけど、何がどうバカげているのか説明が足りない気がしたので、論理的に斬って捨てたい(やっぱり斬って捨てるのか)。

そもそもの文章は、

「できるか、できないか、ではなく、できるまでやれば、必ずできる」

である。

まず、「できるか、できないか、ではなく」は主題ではないし、「必ず」も副詞だ。

よって、この文のメインは「できるまでやれば、できる」である。

「そんなの、当たり前じゃん!」というのは論理的に斬って捨てることにならない。

そもそも、意味が通る文章とは、当たり前のことを表現していなければならない。

例えば、「私はカレーライスでソフトバンクなホームランを落ちた」という文章は、意味を成していない。なぜ意味を成さないかと言うと、当たり前な表現、つまり誰にでも意味が通る表現ではないからだ。

「当たり前である」ということは、文章の重要な要素であって、その点では、「できるまでやれば、できる」という文章は問題が無いといえる。

では、何がどう変なのかを考えてみたい(今から考えるのか)。

 

ここで、より分かりやすくするために、「できるまでやれば、できる」を、「沸騰するまでやれば、沸騰する」に置き換えてみよう。

こうすると良く分かるが、「沸騰するまでやれば」という仮定文において、すでに「沸騰している」のである。

仮定法とは、普通は「AであればBである(A→B)」という構成になっているものだが(例:水を100度まで熱すれば、沸騰する)、この文章は「BであればBである(B→B)」という構成になっている。

つまり、論理的に何の展開もされておらず、「BとはBである(B=B)」という説明文になっている。

そう実は、この文章は、論理的に展開する仮定法ではなく、単なる説明文なのである。

よって、この文章は、「沸騰とは、沸騰するまでやることである」と言い換えることができる。

しかし、「沸騰」の意味や方法を知らない人は、これを聞いても何のことか分からない。全く説明になっていないのである。そもそも、「沸騰」の説明をするときに、「沸騰」という語を使ってはならないのが原則だ。

これを元の文に当てはめて言い換えると、「できるとは、できるまでやることである」となり、「できる」の説明には全くなっていない。

国語辞典の「できる」の項目に、「できるまでやること」と書いてあるようなものである。

(ちなみに、仮定法の場合は言い換えることはできない。例えば、「沸騰とは、水を100度まで熱することである」は間違っている)

 

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2010年12月28日 (火)

BookレビューVol65 横田増生「潜入ルポ アマゾン・ドット・コム」

著者の横田氏が2005年にアマゾンの物流センターにアルバイトとして潜入し、その内部を暴露した『アマゾン・ドット・コムの光と影』の文庫版。文庫版にあたって、直近の5年間のアマゾンの動向について、大幅に加筆されている。

本書で取り上げているのは、大きく2点。

第一に、超秘密主義であるアマゾンという企業の実態や戦略について。

第二に、そこで働く人々の労働問題についてである。

そして、著者の感情は、この2点において自身の中で大きく対立する。

 

アマゾンの戦略や分析については、非常に的確である。

なぜ、アマゾンがここまで勢力を広げることができたのかという疑問の答えは、全てこの本に書かれている、と言っても良い。

そして、アマゾンユーザーとして、著者はアマゾンというサービスに非常に愛着を持っていることも分かる。

 

一方、物流現場で働くアルバイトとしては、その労働環境に対して問題を提起している。

1年続けるスタッフがほとんどおらず、働ければ誰でもいい、使い捨てと言っても良い待遇の中、著者は同僚のスタッフとの関わりの中で、アマゾンへの怒りを覚えていく。

 

ワンクリックで購入できるネットショッピングが増加している一方で、その注文品をピッキングし、梱包し、発送する、という単純作業の仕事が増加しているし、そのシステムの構築や管理のために、システム会社は、ひたすらプログラムを打つという単純作業や、24時間管理する、という体制を行っている。

ただし、アマゾンに関しては、Kindle戦略が、この状況を大きく変えていくことになるだろう。

電子データを掲載しておくだけのKindleであれば、物流を担っていた「使い捨ての人材すら不要」になるからだ。

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12/28 ショッピングをしたよ(はあと)

25日は寝込んで、26日は2月にエキストラ出演するオケの練習に行ってから寝込んで、27日も寝込んでいた。

つまり、仕事は24日までだった。1月4日まで休みだ。但し、4日は事情があって朝だけ出勤する。それでも10連休で、めちゃくちゃ長い。

でも普段は祝日を含めて月に5、6日程度しか休んでいない。数えてみたら、今年度の公休日は86日だった。つまり、5.5日×12ヶ月+夏冬10日ずつ=66日+20日=86日である。そのうち2日か3日は休日出勤をした気がする。

週休2日で祝日の休日がゼロだと104日だから、それよりは少ない。大企業のように土日祝が完全に休みだと120日くらいになるらしいが、そんなに休みたいとは思わない。

まぁ、それはどうでもよくて、なんか疲れてぐったりだったのだ。自称、「2010年分の元気は品切です。今年はもう入荷しません状態」である。27日の飲み会も断った。ブログは寝込みながらiPadで書いたのである。メールもいくつかやりとりしたが、基本的に寝ていた。

そのおかげで、今日は体調が40%くらいまで戻ったので、買い物に出かけた。

40%というのは元気モリモリの状態を基準にした当社比で、元気モリモリという状態が何を示しているのかは非常に不透明であり、今後の予断は許さないが、これこそまさに余談である。

以前、このブログにも書いたのだけど、僕は基本的に買い物が嫌いです(急に「ですます調」)。

疲れるし、お金は減るし、何も良いことがございません。

けれど、このままだと、年越しのための洋服がないのです。

夏服はいっぱいあるのに、冬服がないのです。2日分くらいしかない。

なんでだろう、一体、去年はどうやって乗り越えたというのか。

…というわけで、買い物に出かけたのである(7行前に話が戻ったぞ!)。

 

まず、いわゆるアパレル店で、2着を購入。

僕の判断は早い。合計で1万円ほどだが、所要時間は5分くらいである。

 

次に、auショップに、biblio Leafを触りに行く。

これはこれで別の記事を書こうと思うが、酷い代物だった。

電子書籍の夜明けは遠い。

これが5分。

 

次に、靴を買いに行く。

僕は靴を年に1、2足くらいしか買わない。

そして、もう履けんやろ、というくらいまで履きつぶす。

今の靴もそろそろ履きつぶしそうで、これがつぶれると、「靴を買いに行くための靴」が無くなり、「裸足のゲン」状態になりそうだったので、2足買った。これも判断が早い。2万円ほどだが、10分で決めた。

だが、ABCマートはいつも繁盛していて、スタッフが少ないので、購入まで合計20分ほどかかった(試着を含めた合計)。

ここら辺で、だんだん眠くなってくる。そう、買い物にいくと眠くなるのである。まだ30分程度しか経っていない。

でも、もう少し服を買わないと、この冬を乗り越えられない。

そこで、あることを思い出し、「イズミヤ」というスーパーに行った。

「イズミヤ」を知らない人は、「イズミ」「サティ」「ビブレ」などを想像していただきたい。

「あること」というのは、こういったスーパーの洋服売場は、異常に安いのである。

オシャレな服なんてないし、なんか40歳以上をターゲットにしているとしか思えない品揃えだが、ときどき普通の服が売っている。

しかも、ユニクロ並みの値段で売っている。その上、品質もデザインもユニクロより良いと思う。

というわけで、3着ほど買って5000円以下だった。しかし、オジサマ向けでない服を探すのが大変で、30分以上を費やした。

合計で、1時間ほどで4万円近く使った。

なかなか良い成績である。

買い物は、短い時間でいかにたくさん買うかがキーポイントである。

これで、次の買い物は半年くらいしなくてもいいと思う。

 

…ああ、違う、タオルを買わなくては。

なんか、ボロ雑巾みたいなタオルしかないのだ。

28~29日に四国に旅行に行って、今治タオルを買う予定だったのだけれど、お嫁様の仕事の都合で行けなくなったのである。

 

…まぁいいか、ボロ雑巾でも(決断に3秒)。

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12/28 アメリカにコントラバスキャリー(ベースバギー)を発注

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IWSM氏から教えてもらった、コントラバスの運搬をするための台車(写真は楽器が裸だけれど、もちろんソフトケースの上からも可能である)。

コントラバス運搬用の車輪はだいたい2パターンあって、 エンドピンを付け替えるか、リヤカータイプか、である。

エンドピンタイプは、車輪が1つなので不安定さが問題。

リヤカータイプは、重いし、かさばる。

一方、このベースバギーはベルトで車輪を楽器のネックとエンドピンに固定して装着するタイプ。

軽いし、安定性もある。

商品の詳細は、「サウンドママクラシック」というサイトに載っている。

「サウンドママクラシック」

http://soundmamaclassic.blog48.fc2.com/blog-entry-2.html

 

メーカーはアメリカの会社で、下記サイトで注文できる。

送料込みで170ドルほどだったので、直接、メーカーに発注したほうが安い。

「K.C.Strings」

http://www.kcstrings.com/

 

今回、車輪が必要になったのでアメリカのメーカーに発注した(国内の販売サイトは発注後に見つけた)。

1週間ほどで届くというので、空輸だろう、きっと。

ホテルの予約のメールはしたことがあるけれど、海外に発注を出すのは初めてだと思う。

ちゃんと来るだろうか。わくわく。

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12/28 au「biblio Leaf」に幻滅した

「au biblio Leaf」

http://www.au.kddi.com/seihin/ichiran/digitallife/biblio_leaf/index.html

 

とにかく、これを商品として販売しようというのが信じられない。

性能としては4~5年前の電子書籍端末レベルである。

台湾製らしいけれど、安ければ良いというものではない。

ショップの人も「ちゃんと機能に納得していただいてから買って欲しい」と言っていた。

それくらい、店員としても勧められないわけだ。

ソニーのReaderはなかなかの性能で、あれにauの3G回線を付けたら良いと思う(19800円でも十分安い)のだけど、今回、そういう手を打たなかったということは、何か理由があるのだろう。

う~ん、電子書籍の夜明けは遠い。

あと期待できるのはdocomoの電子書籍端末だけれど、液晶カラーでブラウザ機能まで付いているらしいので、バッテリーの問題があるし、biblio Leafのように通信コストが月額525円というわけには行かないだろう。おそらく月額3000円はするはずで、そうであればGalaxy Tabを買ったほうがマシである。

というか、TSUTAYAが電子書籍コンテンツの配信をする以上、音楽、動画コンテンツの配信まで視野に入れているはずで、電子書籍端末としての色合いは薄い。

う~ん、電子書籍の夜明けは遠い(2度目)。

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2010年12月29日 (水)

12/29 クイズ☆安物はどれ?

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左上から、A、B、

左下からC、D、Eとする。

5つのうち、2つは一般のアパレル店(ワールド系列)で購入したもの。1着約5000円。

一方、残り3つはイズミヤ(知らない人は、イズミ、サティ、ビブレ、平和堂、西友などをイメージしていただきたい)で購入したもの。1着約1500円。

ちなみに、ワールド系列で購入したものは2つとも中国製。

イズミヤで購入したものは2つが中国製、1つがバングラディシュ製である。

 

ちなみに正解者には、何もありません。

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BookレビューVol66 スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー「ヤバい経済学」

本書のテーマは(あとがきでも書かれているけれど)、「インセンティブ」だと思う。

インセンティブがあるとき、人はどのように行動するのか?

いや、「実際、人々はどのように行動したのか」というデータを、分析したものが、本書の内容である。

例えば、7勝7負の力士(なんか、相撲は15試合あって、8勝するかどうかがキーポイントらしい)は、次の試合に勝つ確率が、80%まで跳ね上がるという。そして、面白いことに、同じ対戦相手との次の試合は、負ける確率が同じくらい高い。つまり、裏で「今回は勝たしてやるから、次はオレに勝たせろよ」という八百長が成立している、と推測している。

他にも、不動産屋が自分の家を自分で売るときは、依頼された家を売るときよりも、時間をかけて3%高く売っているという。

また本書では、社会で起こっている様々な経済学的でない出来事も分析している。

例えば、麻薬の売人を4年間した場合、6回逮捕され、2.5回負傷し、4人に1人は殺される。これは、死刑囚が死ぬ割合と対して変わらない(本書では、もっとも多く死刑が執行されたテキサス州でも2003年に死刑囚の5%しか死刑が執行されてないと書いている)。

また、アメリカにある銃の数と銃で死ぬ人数に対して、アメリカにあるプールの数とプールで死ぬ子供の人数のほうが100倍多いという。つまり、プールのほうが銃より100倍危険だというのだ。

さらに著者は、相関と因果関係に対しての注意を何度も呼びかける。

例えば、雪が降った日が寒かったとする。

それって、寒いから雪が降ったのか、雪が降ったから寒いのか、それとも相互的に作用する関係がある(寒いほうが雪が降りやすいし、雪が降ったら寒くなりやすい)のか、それとも全然関係ないのか、を慎重に見極めろ、というメッセージである。

あと、やはり一番大きなテーマは、「中絶の合法化が犯罪の減少を引き起こした」という分析だろう。それでも「犯罪の減少のために中絶を推進すべきだ」とは書いていないところが、この本が「経済学」である所以だと思う。

 

価格って何だろう?

経済学者でなければ、たぶん、モノの価格と言えば単純に、それに払う金額のことだと思うだろう。そうだな、近所のお気に入りのレストランで食べる日曜のブランチに払う代金、とか。でも、経済学者にとって、価格にはもっと幅広くいろんなものが含まれる。テーブルが空くまで待っていた20分間は価格の一部だ。食べたご飯そのものに、身体に悪い面があるならそれも価格の一部だ。経済学者のケヴィン・マーフィーの計算によると、健康に対する長期的な影響の点で、チーズバーガーはサラダよりも2.50ドル高い。道徳的コストや社会的コストも計算に入れないといけない。たとえば、あなたがハンバーガーを頼んだときに、一緒にご飯を食べた完全菜食主義者がくれた軽蔑のまなざしとか。レストランのお品書きにはチーズバーガーは7.95ドルだって書いてあるかもしれないけれど、どう見てもそれは始まりにすぎない。 (P302)

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2010年12月30日 (木)

12/30 岡山に行って公務員の仕事の話を聞いた

夕方に、大学生の友人の関連の飲み会で岡山に行くことになったので、昼間に、岡山で働いている別の友人と会う約束をした。

鈍行でダラダラと移動。新幹線より2500円も安い。電車内では、iPadで宅建の勉強。ようやく民法の勉強にキリをつけ、宅建のテキストを読み始めている。資格のテキストくらい分厚くて重い本だと、iPadのほうが軽い、という単純なメリットがある。ラインマーカーが引けるのも良い。やはり体調が悪く、気分が悪くなって1度電車を降りたりした。

岡山駅で友人のYSHR氏と再会し、まず黒胡麻担々麺を食べる。ラーメンを食べるのは久し振り。半年ぶりくらいかも。イカスミの如く真っ黒なスープだった。

そのあと、サンマルクでおしゃべり。YSHR氏は公務員で、岡山の県職員である。民主党政権になって、いろいろ苦労しているらしい。まぁ、彼の場合はかなり悲観的な予測の上で公務員になっているので、予想通り、といったところだろう。

岡山で作り始めている道路の話を聞いたのだが、それって、30年くらい前に作ると決めた道路なのだそうだ。決まってからいろいろ調整が必要なのだろう。問題は、その30年の間にいろいろ事情が変わっていることで、今もその道路が必要かどうか、ということである。

だが、そっちはもう要らないからやめて、代わりに必要な道路を作ろうとしても、作り始めることができるのがやはり30年後であれば、また同じ問題があるし、その30年間だってお金がかかっているから、やめたらそれまでのコストが丸々無駄になる。こういう事情に対して、効果的な対策というのはないのだろうか。

第1に、30年後も必要かどうかを考える、という方法がある。この場合、40歳以上の人は議論にあまり加わるべきではなく、30年後の中心となる年代が決めるべきだろう。だって、「今、必要かどうか」はほとんど問題にならないのだから。

第2に、決めたらさっさと作る、という方法がある。県民の協力が必要だが、ダラダラと話し合いをするよりは、金で解決したほうが結局はコストが安く済むかもしれない。

もう1つ興味深かったのが、防災事業について。まず、1番簡単なのは、災害が起こったあとでそこの対策をすることらしい。まぁ、災害がいかにも起こりそうな場所も比較的簡単だろう。問題は、あまり災害が起こらなさそうなところの対策をする場合で、ムダとか言われやすい(でも当然、なにも対策せずに何か起きれば行政の責任になるわけだ)。

ほかにも、災害が起きた時は地元から要請があって防災事業を計画するのだけど、いざ作り始める数年後には地元はすっかり災害のことを忘れていて、「税金のムダ使いだ」とか言われるらしい。やはり、決めたらさっさと作るしかないかもしれない。

災害もそうだけれど、リスクとは「起こったら大変かどうか」と「起こりそうかどうか」の2つの問題がある。防災事業については、さらに「やりやすいかどうか」という問題がついて回っているわけだ。でも「やりやすさ」は災害リスクとはほぼ無関係である。

もう、あれだよね、徹底的に全住民を教育して行政レベルの知識を身につけさせ、全員で全体のことを考える、という自治体があってもよいかもしれない。これまではあまり政治のことは学校でも教えず、バカな国民のおかげで儲けていた人達がいたかもしれないが、もうコッソリ悪いことができなくなっている時代なのだし。

まぁ、そんな話の後、岡山城(閉まっていたが)と後楽園をデートして別れた。

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12/30 中四国低音鍋@岡山

京大オケ繋がりで、9人ほどで集まった飲み会。知っている人が半分、知らない人(主に現役の大学生)も半分。

SSK氏、TKBTK氏とは仕事の話をする。SSK氏は会計系、TKBTK氏は税理士事務所で働いているので、興味深い話がたくさん聞けて面白い。

あと、TKBTK氏からは生命保険についてのレクチャーも受ける。未だに、その良さがイマイチ分からない。ええと、つまり「自分が死んだら一家が絶対に100%、路頭に迷う、というのでなければ、別に入らなくていい」のだと思う、たぶん。

むしろ気になっているのは「病気やケガでダラダラ生きていくことになった(自分で死ねないほど)場合」だ。この場合は死ぬよりお金がかかるのは明白で、どう考えても、こっちのほうが周囲に与えるリスクは大きい。

あと、その飲み会にいた某芸大生に、似顔絵を書いてもらった。割と似ているが、僕はけっこう難しい顔だと思う。著作権的には僕のものではないが、許可をもらったらアップしよう。

この人に、「ART NOVEL PROJECT」の絵をお願いしてみようか、と思っている。デジタルで絵を書ける人がそのへんにいないかな、と、この数年間、天に祈っていたのである。

「ART NOVEL PROJECT」とは、今さっき、お風呂で考えた名前で、2005年に「こどくなこんどうくん」というお話をホームページ(infoseekのサービス終了に伴い閉鎖した)にアップした時点でこの「ART NOVEL PROJECT」スタートしていることしよう、と今、決めた。

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