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2010年12月19日 (日)

BookレビューVol63 内田樹「街場のメディア論」

『日本辺境論』を読んだのだけど、内容が濃すぎて、とてもレビューなんて書けるような代物ではなかった。この『街場のメディア論』も、どうするか悩んだのだけど、書いてみよう。

まず、メディアに対して、「誰でも言いそうなことしか言わない」ということに対する批判が書かれている。それはつまり、「誰か言うだろうから言わなくてもよい」ことでもある。つまり「言っても言わなくても良いこと」である。

例えば「報道ステーション」の古館さんのいうことは、まさに「誰でも言いそうなことしか言わない」の典型で、もはや何を言ってるか分からないレベルに達している。というか、別にいなくていいと思う。(それでも、夜のニュースで一番早い時間に放送するので見ることがあるのだ)

また、教育と医療に資本主義を持ち込むな、というロジックは、非常に的を射ている。

「最小限の負担で、最大限のサービスを受けよう」という消費者的意識が、大学生に「できるだけ講義も出ずに、レポートも提出せずに、でも単位はくれ、卒業はさせろ」という行動に移させているという。

まぁ、こういう人は将来性はない。なんせ、単位も、学歴も、何の役にも立たないのだから。何の役にも立たないものにお金を払って、何も得ていないだけなのだから、許容できる範囲かもしれない。問題は医療のほうだろう。医療には、患者の努力が不可欠だからだ。金も払って、努力もしなさい、というロジックは、消費者的意識からは生まれない。

著作権の売買についても触れている。スピルバーグがお金に困って「E.T.」の著作権をタランティーノに売却したとする。そうすると、もうスピルバーグは「E.T.2」を作ることはできない。一方、タランティーノも「E.T.2」を作ることもできない(作ることはできるが、それはスピルバーグの「E.T.」の「2」ではない)。つまり、金のために「E.T.2」という可能性は社会から失われてしまう。

例えば、「淡路島のたまねぎ」という「著作物」を自分のものにしたいとする。しかし、全ての「淡路島のたまねぎ」を根こそぎ買って、東京で育て、「淡路島のたまねぎ」として販売するという行為は、「淡路島のたまねぎ」が淡路島の土や水や気候や文化や農家(これが著者である)から生まれている、という事実を無視している。つまり、本当の意味で「淡路島のたまねぎ」の著作権を買うには、淡路島ごと買うしかない。

最後のほうでは、文化人類学の観点から、書籍を論じている。どうだろう、少し神聖視しすぎている気がする。

ああ、まとまらないなぁ。無謀だった。

終わり。

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