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2010年7月17日 (土)

7/17 出版社不要論

『パラサイトイヴ』の瀬名秀明氏や、村上龍氏が、出版社を通さずに、電子書籍を出版した。

ここで起こるのが、出版社不要論。

そもそも、著者にとって、出版社とはどういう役割があるのか。これは、著者を「発明者」と考えると、考えやすい。

1つめに、助手としての役割がある。発明者と二人三脚で、一緒に作っていく仕事だ。これが、編集者である。

2つめに、生産工場としての役割がある。試作品を発明しても、大量生産にはお金と設備が必要だ。これを提供するのが出版社と、その下にあるデザイン・印刷業界である。

3つめに、プロモーション。せっかく作っても、それを広めていかなければ売れない。発明者が、自分で広めていくには限界がある。もっと大きな注目を浴びるには、やはり資金やネットワークが必要だ。これが、出版社の営業部、さらにその下の書店にあたる。

さて、これが、電子書籍になると、どうなるか。

まず、編集者というのは、いてもいいし、いなくてもいい。いたほうが客観的に良いものができる可能性が高まるが、そのぶん、費用がかかるし、自分の思い通りに作れない可能性が高い(自分の著書のタイトルや表紙すら、自分で決められないこともあるそう)。それに、アドバイザーをつけるにしても、その人が出版社で勤めている必要性はない。

つぎに、生産だが、電子書籍の場合、「発明」と「生産」が同義である。何か資源を消費して質量のあるものを大量に作るのではない。電子書籍において、出版社の生産機能というのは意味を持たない。

そして、プロモーション。これは、一定の認知度がない場合、「誰か」、または「何か」に頼らざるを得ない。ただし、それが出版社である必要はない。極端な話、ブログで自分でプロモーションも可能である。

つまり、電子書籍の著者にとって、アドバイスやプロモーションなど、いくつかのサポートは必要であるが、それが出版社である必要はない、という状態になるだろう。現状、出版社が、最もノウハウを蓄積しているという優位性はあるけれど。

一方で、電子書籍の著者に必要なのは、その著書の販売窓口、つまりダウンロードサイトである。これは、出版社ではなく、書店にあたる。

アップルストアやアマゾンなどが、ダウンロード機能を果たすとしても、膨大な電子書籍の中から、自分の著書を購入してもらうのは簡単なことではない。

仮に、電子書籍が紙の書籍より簡単に出版できるならば、その流通量は現在の書籍の流通量である70万冊を大幅に上回るだろう。現在のブログの数のようにほぼ管理不可能になる可能性が高い。

つまり、アマゾンなどのダウンロードサイトで自分の電子書籍を買ってもらうことは、膨大なブログの中から自分のブログにアクセスしてもらい、かつ、ブログに掲載しているアフィリエイト商品を購入してもらうのと同じ程度の困難さを伴う。

この困難さをクリアするための機能として、出版社というのが新しい役割を果たすかもしれない。

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