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2010年3月29日 (月)

3/29 日本語について考える

日本語というのは、もともと「音」があって、それに後から中国から伝来した「字」を当てはめてできている。だから、漢字以前の日本語について考えるとなると、「音」を頼りにする以外にない。

つまり元々、「手」ではなく「て」であり、「足」でなく「あし」である。(正確には「あし」という「ひらがな」すら、中国由来であって、日本の起源ではないけれど)

 

例えば、「はな」を考えてみる。「鼻」は匂いを嗅ぐ器官であり、「花」は匂いのする生物である。これは無関係だろうか。

次に「たて」。「盾」は「縦」に「立て」て使う武具である。これはどう考えても同じ語源だと思う。

最後に「はし」。「橋」の両「端」だけが地面と接していて、それによって橋は支えられている。また、地面の「端」と「端」をつなぐのが「橋」だとも言える。

では「箸」はどうか。「橋」や「端」が「はし↑」と上がり調子なのに対して、「箸」は「はし↓」と下がり調子である。つまり、音声学的には全く異なった言葉であると言える。

日本語は「音」しか残っていない(「音」以外は日本語ではない)のだから、音声学的に違うということは、日本語として違う、ということ。

ちなみに当然ながら、このような考察ができるのは「訓読み」に限られる(「音読み」は中国の読み方で、日本語ではない)

 

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